最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)1104号 判決 1999年4月22日
上告人
寺永朝子
右訴訟代理人
野村侃靱
山口民雄
被上告人
宇ノ気町土地開発公社
右代表者理事
宮本一雄
被上告人
宇ノ気町
右代表者町長
宮本一雄
右両名訴訟代理人弁護士
中村三次
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人野村侃靱、同山口民雄の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯するに足りる。その概要は、次のとおりである。(1) 本件各土地(宅地合計1468.90平方メートル)は、元は上告人外一二名が共有し、上告人の持分は一二〇分の二であったが、被上告公社は、平成二年から平成五年にかけて、被上告人町の施行する都市計画事業による道路拡幅等に使用する目的で、上告人以外の者の持分合計一二〇分の一一八を順次買収した。(2) 本件各土地のうち二〇九番四の土地(宅地155.14平方メートル)についての本件賃借権は、元は上告人外二名が各三分の一の持分により共有していたが、被上告人町は、平成四年一二月六日ないし七日、前記都布計画事業を円滑に遂行するため、上告人以外の者の持分合計三分の二を買収し、これにつき被上告公社の承諾を得た。(3) 上告人は、遅くとも被上告人町が本件賃借権の持分を取得した当時には、本件各土地を使用しなくなっていた。(4) 本件各土地の持分一二〇分の二の適正価格は二三二万五〇六五円、本件賃借権の持分三分の一の適正価格は一七六万六四二二円であり、被上告人らの右各金額の支払能力に不安はない。
右事実関係の下においては、被上告人らの希望に従い本件各土地等につき全面的価格賠償の方法による分割を命ずるとともに、上告人に対して本件各土地の持分につき被上告公社に対する持分移転登記手続を命じた原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでその違法を主張するものであって、採用することができない。
よって、裁判官遠藤光男、同藤井正雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官遠藤光男、同藤井正雄の補足意見は、次のとおりである(裁判官遠藤光男については、本補足意見のほか、後記の追加補足意見がある。)。
私たちは、法廷意見に同調するものであるが、全面的価格賠償の方法により共有物の分割を命ずる場合の判決主文の在り方について、意見を補足して述べておきたい。
一 裁判所が判決により全面的価格賠償の方法による共有物分割を命ずる場合には、当該共有物を取得する者にその対価たる価格の支払能力があることが不可欠の要件となる。この判決は、一方当事者(現物取得者)には判決確定と同時に共有物を単独で所有させる反面、他方当事者(対価取得者)には共有持分を失わせる対価として金銭債権を取得させるにとどまるから、その債権の回収可能性について不安を残したのでは共有者間の実質的公平を損なうことになるからである。そして、またこのことは、現物取得者の価格賠償義務の履行確保について、裁判所としての特別の配慮を要求することになる。
二 家事審判による遺産分割において、共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対し債務を負担させて現物分割に代えるいわゆる代償分割の方法(家事審判規則一〇九条)を採用した場合には、審判により創設される金銭債務の履行確保のため、(1) 金銭債務についての債務名義を形成すること(同規則一一〇条、四九条)のほか、(2) 利息、遅延損害金を付すること、(3) 担保権を設定することなどが考案され、実行されている。一方、民事訴訟としての共有物分割において全面的価格賠償の方法による分割を行う場合にも、裁判所が当事者間に共有持分移転の対価についての債権債務関係を非訟的に創設するのである(本件の第一審判決主文第一項の2及び第三項の2がこれに当たる。)が、その債権の履行請求は純然たる訴訟の領域に属する事柄であり、対価取得者の明示の申立て(原告が物件を取得するときは被告による予備的反訴の提起、被告が物件を取得するときは原告の予備的請求の追加)もないのに、右(1)に準じ、対価について給付判決をして債務名義を形成することはできないであろう。また、(3)の担保権の設定も、訴訟に親しむ事項とはいい難い。(2)の利息、遅延損害金の付加は、対価の額とその履行期の決め方に連なる問題であって、共有物分割訴訟に応用可能であるが、申立てなくして給付を命じ得ないことは(1)と同断であり、いずれにせよこれだけでは金銭債務の履行確保には必ずしも十分とはいえない。
三 共有物分割訴訟の多くは共有不動産に係るものであり、全面的価格賠償の方法による分割により現物の取得を希望する者が、取得する共有持分についての移転登記手続又はその物の引渡し(以下「登記手続等」という。)を請求することが少なくない。この場合、対価取得者から現物取得者への共有持分権の移転と現物取得者の対価取得者への金銭支払義務の負担は、共有物分割によって発生し、相互に対価関係に立ち、相牽連する関係にあるから、持分権移転に伴う登記手続等と金銭の支払とを関連的に履行させることが公平に適うものということができ、この両者の間に双務契約におけるのと同様の同時履行関係を認めるのが相当である。
しかし、このように同時履行関係があるといっても、当事者が常に同時履行の抗弁を主張するとは限らない。原告が全面的価格賠償の方法による分割を求めたのに対し、被告が現物分割を求めて強く争っている場合(本件がそうである。)に、被告から予備的にでも同時履行の抗弁が提出されることを期待することには限界がある。このような場合においてもなお、現物取得者の金銭債務の履行を確保する方策を講ずる必要があるからには、裁判所は、同時履行の抗弁の有無にかかわらず、その裁量により、登記手続等につき金員支払との引換給付を命じ得るとしなければならない。共有物分割訴訟がその本質において非訟事件であって、裁判所の適切な裁量権の行使により、共有者間の公平を保ちつつ、妥当な分割の実現を期したものである(最高裁平成三年(オ)第一三八〇号同八年一〇月三一日第一小法廷判決・民集五〇巻九号二五六三頁参照)ことからすると、事案に応じてこのような処理をすることも、裁量権の発動の一内容として許容され得るものと考える。現物取得者の信用度が高く、対価の額が比較的少額であって、金銭債務の履行につき全く不安視する要素がない場合を除き、右のように引換給付を命ずることを原則とする運用を考慮すべきであろう。
四 右の見地に立って本件の主文を見てみると、第一審判決は、被上告公社と上告人との間の共有土地の分割につき、第一項において、分割の方法として、本件各土地を被上告公社の所有とし、被上告公社は上告人に対し二三二万円余を支払うものとした上、第二項において、前項の裁判が確定したときは、上告人は被上告公社に右土地の共有持分一二〇分の二について持分移転登記手続をすべきことを命じ、原審はこの第一審判決をそのまま維持しているのであり、価格賠償の履行確保の点で問題なしとしない。しかし、現物を取得する被上告公社は、地方公共団体の設立に係る公的な団体であり、これが負担する支払義務の額は自ら申し出た額そのままで、その者にとってさほど大きいものではなく、その公共的性格に由来する社会的信用度からみても、また、これまで本件各土地の他の一二名の共有者からそれぞれの持分を買収する過程で代金支払に関して紛争の生じたことはうかがわれない実績に照らしても、被上告公社が定められた価格の支払を遅滞するおそれはないと認められるから、上告人に対し被上告公社への持分移転登記手続を命ずるにつき、右価格の支払との引換えにしなかった原審の判断に裁量の範囲からの逸脱はなく、これを是認すべきものと考える。
裁判官遠藤光男の追加補足意見は、次のとおりである。
私は、共同補足意見において述べたとおり、裁判所が全面的価格賠償の方法により共有物の分割を命ずる場合、現物取得者が求める登記手続等については、同時履行の抗弁の有無にかかわらず、対価支払との引換給付を命ずることができると考えるが、事案によっては、更に進んで、現物取得者が判決確定後一定期間内に右対価を支払うことを条件として共有物の権利を単独で取得する旨の判決を言い渡すこともできると考える。
一 全面的価格賠償の方法により共有物を単独で取得することを希望する当事者は、本訴又は反訴請求において、当該共有物についての登記手続等を併合して請求する場合が多いであろう。このような場合、裁判所が全面的価格賠償の方法により共有物分割を命ずるに当たっては、前記のような引換給付判決をすることにより、対価取得者が債権回収の可能性につき抱く不安の多くは、事実上解消されるとみてよい。けだし、現物取得者としては、裁判所が命じた対価を現実に支払わない限り、当該共有物を完全には取得することができないことになるからである。
二 しかし、共有物分割訴訟において、登記手続等が常に併合して請求されるとは限らない。現に、本件各請求のうち被上告人町の請求については、その分割対象が借地権であることもあり、登記手続等は一切求められていない。当然のことながら、このような場合には、前記のような引換給付判決をする余地はない。また、登記手続等につき引換給付が命じられたとしても、現物取得者が対価の支払を遷延しているうちにその支払能力に変化が生じ、これを支払うことができなくなった場合には、判決自体が宙に浮いてしまうこともあり得るであろう。契約関係を前提とした対価不払の場合とは異なり、判決によって形成された法律上の効果を契約解除の法理により解消させることは容易に認められ得るところではない。もっとも、その解決方法としては、引換給付を命じた判決自体において、対価支払の履行期を定め、右期間内にその支払がされなかった場合にはいったん命じた全面的価格賠償の方法による分割を失効させる手立てを講じておくことも考えられよう。しかし、判決により生じた形成の効果を後日一定の条件の下に失効させることを認めるのであれば、むしろ、初めからその効果の発生自体を一定の条件に係らしめておいた方が簡明というべきである。したがって、前記のような場合には、現物取得者が判決確定後一定期間内に判決の定めた価格を支払うことを条件として共有物の権利を単独で取得することを命じ得るものというべきである。
三 最高裁平成七年(オ)第一六八四号同一〇年二月二七日第二小法廷判決(裁判集民事一八七号二〇七頁)における河合裁判官の補足意見は、この方式による判決主文を示唆されるものであるが、私も右意見に賛成するものである。けだし、共有物分割訴訟は、前述したとおり、その本質において非訟事件であり、裁判所の適切な裁量権の行使により共有者間の公平を保ちつつ妥当な分割が実現されることを期したものであるから、右のような判決主文を言い渡すことは裁判所の裁量権の範囲を超えるものではなく、当然に許容されると考えられるからである。
右判決主文は、形成判決の主文に条件を付するものであり、類例に乏しいが、右条件は飽くまで共有者間の実質的公平を確保するため付されるものにすぎず、判決の確定により従来の共有関係に変更を加えるという点において、他の形成判決と何ら異なるものではない。また、実質的に見ても、競売による代価分割にあっては、これを命ずる判決の確定により従来の共有関係は直接的には将来競売に付されるべきものに変更されるにとどまり、最終的な権利関係の変更は、現実に競売手続が開始され、例えば、不動産については代金の納付があって初めてもたらされるものであることと対比すると(民事執行法一九五条、一八八条、七九条)、右判決主文は、共有物分割訴訟における裁量権の行使の在り方の一つとして、十分その相当性が肯定されるものと考える。
四 右のような判決主文を採用した場合、従来の共有関係は、判決確定と同時に条件付きのものに変更され、現実に対価の支払が行われ条件が成就することによって、共有物についての権利関係が最終的に変更されることとなる。そして、現物取得者の登記手続等は、右条件が成就したときに可能となり、あらかじめその請求がされていた場合には、右のような条件を付してこれを認容することとなる。裁判所は、通常は、右の主文による分割を命ずるとともに、対価の支払がされないまま期間が経過した場合につき更に別の方法による分割を命ずることとなろうが、原告が現物の取得を希望して共有物の分割を求め、裁判所がその希望に応じて価格を確定したにもかかわらず、原告がその支払を怠ったような場合には、被告において他の適当な機会に適宜の方法による共有物の分割を請求し得るように、あえて別途の方法による分割を命じないという取扱いをすることも許されよう。なお、支払能力の流動性を考慮すると、対価が支払われるべき期間については、判決確定後せいぜい半年程度が適当と思われる。
五 以上に述べたとおり、共有物の全面的価格賠償の方法による分割については、事案の内容に応じ、各種の方途によって共有者間の実質的公平の確保が図られることが必要であると考える。
原判決により維持された第一審判決の主文第三項は、被上告人町と上告人が共有する本件賃借権の分割を命ずるに当たり、分割の方法として、右借地権を被上告人町に単独で取得させた上、被上告人町に、上告人に対する一七六万円余の支払義務を負わせている。このような判決主文は、一般論として好ましいものとはいえないが、本件においては、現物取得者が地方公共団体であることに加え、共同補足意見四項に記載したような事情があることにかんがみると、右判決主文についても、原審の判断に裁量の範囲からの逸脱があるとは認め難く、これを是認すべきものと考える。
(裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)
上告代理人野村侃靱、同山口民雄の上告理由
第一 原審平成五年ワ第五八五号事件(被上告人宇ノ気町土地開発公社の請求)についての原判決の認定には、共有物分割についての解釈について明らかな法令違背が存在する。
すなわち、原判決では、共有物分割の本質は非訟事件であって、裁判所の適切な裁量権の行使のもとに適正妥当な分割が行われるべきものであるとして、分割方法は現物分割又は競売による分割に限定されるものではなく、諸般の事情を総合考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を敢得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存在するときは、いわゆる全面的価格賠償の方法による分割も許されるとして、最高裁判所の判例を引用している。
しかしながら、詳細な理由は追って補充書で補充する予定であるが、本件における原判決の認定では、共有者間の実質的公平を害しないと認められる「特段の事情」についてその認定が欠缺しているといわざるをえないし、仮に認定がなされているとしても、上告人が現物分割を主張すること自体に合理性がないわけではないことは明らかである以上、「特段の事情」は存在しないといわざるをえず、原判決が引用している判例は、本件の射程外というべきであり、当該判例に基に事実認定をすることは経験則に反するというべきである。
したがって、原判決には、適切でない判例に基づいて事実認定を行った点で民事訴訟法第一八五条に反する違法があるものであり、右の誤りは、判決の結論に影響を及ぼすことは明白であるから、原判決は破棄されるべきである。
第二 原審平成六年ワ第四六七号事件(被上告人宇ノ気町の請求)についての原判決の認定には、以下のとおりの法令違背が存在する。
一 まず、上告人の賃借権の持分についての認定について、法令違背が存在する。
すなわち、原判決では、本件建物の敷地部分についての賃借権の持分を上告人がもともと三分の一有していたところ、残りの三分の二については、上告人と宇ノ気町とに二重譲渡されており、上告人はその三分の二について対抗要件を具備していない以上、持分は三分の一の限度でのみ認められるとしている。そして、その具体的な根拠として、宇ノ気町の側の三分の二の持分の取得についての経過には特段の非難すべき点はないのに対して、上告人の側の三分の二の持分の取得の経過については、宇ノ気町の都市計画道路事業の目的達成のために明渡しを求められる対象であることを認識した上での行動であるとして、持分取得の経過を問題にしている。
しかしながら、上告人が再抗弁事由として主張していたところからも明らかなとおり、宇ノ気町が三分の二の持分を譲渡された経過には明らかに問題があるのであり、一方的に上告人の側にのみ問題があるかのような認定をすることは、明らかに経験則に反する事実認定といわざるをえず、民事訴訟法第一八五条の解釈を誤ったものである。
そして、右解釈の誤りは、結果として再抗弁事実の解釈の誤りにつながるから、上告人は、もともと保有していた三分の一の持分に加えて残りの三分の二の持分についても、対抗要件を具備していなくとも被上告人に対抗しうると解釈すべきことになり、判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。
二 次に、準共有物の分割についての解釈に明らかな法令違背が存在する。
詳細については、第一の部分で述べたところであるが、原判決には、いわゆる「特段の事情」についての認定が欠缺しており、仮に欠缺していないとしても、本件において「特段の事情」があると認定することは明らかに経験則に反するものであり、したがって、原判決には民事訴訟法第一八五条の解釈を誤った違法があるというべきである。
そして、右違法が、判決の結果に影響を及ぼすことは明らかであるから、結局のところ、原判決は破棄されるべきである。